この記事は臨床専門医理学療法士Christopher Tackによって書かれた記事を翻訳してお届けします。
イノシトールは米ぬかに含まれる糖アルコールで、ビタミン様物質です (ビタミンB8とされることもあります)。私たちが心配したり補充したりする、もっとよく知られている化合物に分類されるわけではありませんが、人間の細胞の重要な構成要素で、食事を通じて摂取することができます。
この記事ではイノシトールとその人体における機能に注目し、イノシトールをサプリメントとして使用するメリットについて解説していきます。
イノシトールとは何か?
イノシトールは人間のあらゆる細胞に含まれている環状炭水化物です。
イノシトールは母乳に高濃度に含まれ、赤ちゃんにとっては必須ビタミンです。体内でデキストロース (D-グルコース) から生合成されるので、大人の場合は必須栄養素とは見なされません。
イノシトールには原子の配置がほんの少しだけ異なる9つの形態があります。そのなかで最も多く見られるのはミオイノシトール (または、シス-1,2,3,5-トランス-4,6-シクロヘキサンヘキサオール) で、ほ乳類で最も多量に存在するイノシトール異性体です (主に中枢神経系に存在します)。その普遍性からこの形態は通常、単に「イノシトール」と記述されます [1]。
この化合物は糖の一種ですから、甘くて、甘味度がショ糖の約48%もあることは驚きに値しません。ただし、甘味度は低くても、「甘味の質」は砂糖と同程度といわれています。
この化合物には多様な生理的効果が認められます。中核になるのは細胞膜におけるイノシトールの生化学的機能ですが、細胞応答の調節を促進し、細胞酵素の機能を高めます。
イノシトールを摂取するには?
イノシトールは多種多様な食品にかなり豊富に含まれています。
さまざまな果物、野菜、種子、豆、穀物 (特にオート麦とぬか) などを挙げることができます。また、いくつかのナッツはこの化合物を多く含んでいます。例えば、アーモンドには乾燥重量の9.4%、クルミには6.7%のイノシトールが含まれています [2]。
イノシトールを多く含む果物には、カンタロープとかんきつ類 (レモンを除く) があります。例えば、120グラムのグレープフルーツジュースには約470ミリグラムのイノシトールが含まれます [3]。
一般的な欧米人の2500kcalの食事には900ミリグラムのイノシトールが含まれます。しかし、食事の内容によって、1日1800kcalあたり、225ミリグラムから1500ミリグラムの範囲で変動します [3]。
イノシトールの効果や効能は?
イノシトール補充量を増やすことに固有のメリットを示す前に、この化合物に特有の生体機能と役割を明らかにすることが重要です。イノシトールは細胞膜の重要な成分で、その独特の構造のおかげで 細胞の内外へと容易に移動し、分布することができます。
この特質はイノシトールが体内でさまざまな役割を果たせることを意味します。驚くべきことに、イノシトールはホルモンの存在に応答して、その後の化学反応を促進するというだけの働きによって、これらの役割を果たします。この機能は二次情報伝達物質の概念によって説明されます。
二次情報伝達物質モデルでは、細胞内シグナル伝達分子はホルモンの存在に応答して生理的反応を引き起こし、それが滝のように次々と新たな反応を生み、特定の結果をもたらします。そのような反応は細胞分化や増殖、さらにはアポトーシス (細胞死) でも見られます。
イノシトールはこのプロセスの主要な構成要素で、また、さまざまな「二次情報伝達物質」(例えば、イノシトールの特定の形態であるイノシトール-1,4,5-三リン酸は、細胞内カルシウム濃度を変化させます) の供給源になります。イノシトールのこの役割は必要不可欠です。ホルモンそのものは細胞膜バリアを通過できないので、ホルモンが体組織に効果を及ぼすにはこの一連の流れが必要になります。
脳の神経伝達物質
イノシトールの多くのメリットのかぎになるこの機能の良い例が、脳の神経伝達物質を助ける働きです。脳の受容体前と受容体後を直接結びつけることなく中枢神経系を操作できるからです。
イノシトールが脳の機能を操作する方法の1つは、細胞内のカルシウム量の調節です。カルシウムはシグナル伝達経路の反応を介してさまざまな細胞機能を助けます。普段は細胞内液のカルシウム濃度は低く保たれています。細胞膜から放出されたイノシトール三リン酸は小胞体と呼ばれる細胞内の特定の部分へと移動し、小胞体のカルシウム貯蔵からの放出を促進します。これは次に神経伝達物質を放出させます [4]。
さらに、イノシトールは浸透現象の調節因子としても作用するので、中枢神経系の細胞内外の水の移行の調節も助けます。これらの機能はいずれも脳内イノシトール濃度を制御することで調節され、細胞内シグナル伝達の比率に直接影響を及ぼします [5]。
これはイノシトールの生物学的メカニズムがどのように体内のシグナル伝達の変化を促すかの一例です。同じような効果がインスリン放出の応答の際に観察されます。イノシトールはインスリン抵抗性改善薬に分類されており、2型糖尿病患者で尿のイノシトールクリアランスが変化することが示されています [6]。それでは、イノシトールのメリットで最も高く評価されているものの検討を行いましょう。
イノシトールの期待できる働きとは?
中枢神経系の細胞にイノシトールが豊富に含まれていることから、中枢神経系におけるこの化合物の役割を調べる数多くの研究がなされてきました。これは理にかなっています。イノシトールは脳のシグナル伝達に影響を及ぼすので、細胞内イノシトール濃度の変化は最終的に神経疾患の発症につながる可能性があるからです。
このような影響によって引き起こされる神経学的問題のうち、よく研究されているもののいくつかを見ていきましょう。
うつ病
1978年に、うつ病患者の脳せき髄液中のイノシトール量が健常者より少ないことが、研究者によって発見されました [7]。後にこの結果は詳しく調べられ、イノシトール投与により最高で70%までイノシトール濃度が上昇する可能性があることが判明しました [8]。
その後の実験では、イノシトール1日12グラムの服用がプラセボと比較してうつ病患者にメリットをもたらすかどうかが、直接調べられました。ある二重盲検無作為化対照研究ではハミルトンうつ病評価尺度が著しく改善し、抑うつ症状の低減と、その人の人生におけるうつ病の影響の低下が認められました [9]。
別の研究でも、12グラムの用量に抗うつ効果があることが示され、しかも、参加者がイノシトール服用を中止した場合には、グループの半分でうつ病の再発が見られました [10]。これらの研究が示しているのは、イノシトールにはうつ病患者の脳内シグナル伝達を助ける治療的有効性が明らかに認められるということです。
アルツハイマー病
脳内シグナル伝達が不十分になる別の疾患にアルツハイマー病があります。これは脳組織の全般的な変性によって脳機能が悪化する神経疾患で、認知症の最大の原因になっています。
アルツハイマー病と診断された11名のグループを対象に1996年に実施された研究では、イノシトール1日6グラムの投与がプラセボサプリメント服用と比較されました。この用量を30日間服用させ、認知症を含む、症状への影響が調べられました [11]。
参加者はケンブリッジ高齢者精神疾患検査 (CAMDEX) と呼ばれる包括的評価ツールを用いて評価されました。これは身体的、精神的状態や認知を含む、同疾患が人に及ぼすさまざまな影響を測定するものです。
この研究の結果は興味深いものでした。イノシトール投与によって尺度の認知スコアは9点上昇しましたが、プラセボでの上昇幅はわずか4点でした。認知スコアの著しい改善がとりわけ見られたのは、言語と見当識の領域でした。このように、イノシトールは組織の生理的能力が変質した人においても細胞内シグナル伝達を助けます。
強迫性障害
強迫性障害 (OCD) は強迫行動をとり、強迫観念に囚われるメンタルヘルス疾患です。これらの特質によって、不安、嫌悪感や心理的ストレスに陥りやすくなります。この疾患の基礎にある生理的変化は、脳内セロトニンの減少です。幸福や健康の感覚に寄与する重要な神経伝達物質です [12]。
セロトニンは第二情報伝達物質であるイノシトールの一形態 (特にホスファチジルイノシトール) の影響を受ける神経伝達物質の1つです。二重盲検プラセボ対照研究が実施され、プラセボと比較したときのイノシトール投与のメリットが調べられました。
そのような研究の1つでは、OCDの人にイノシトール18グラムを6週間投与した場合のメリットが調べられました [13]。その結果、エール・ブラウン強迫観念・強迫行為尺度と呼ばれるツールで評価して、強迫観念と強迫行動の両特性の著しい改善が見られました。実際、この尺度で評価した改善の度合は、セロトニン再取り込み阻害薬である抗うつ剤、フルボキサミンやフルオキセチンに匹敵するものでした。これは、OCDの人ではイノシトールの二次情報伝達物質としての機能が、広範に使用されている薬剤と有効性の点で同程度であることを示しています。
鎮痛
イノシトールのメリットに関して調査が行われた別の興味深い脳機能領域は、痛みの緩和です。胆のうを摘出した24名の患者を対象とする研究では、一部の被験者にはオピオイド鎮痛剤に加えて、イノシトールの特定の形態 (イノシトール-1,2,6-三リン酸) が投与されました [14]。このグループは術後24時間に、初回240ミリグラム、その後は1時間あたり90ミリグラムのイノシトール投与を受けました。
信じられないことですが、最初の3日間にこのグループで使用されたアヘン剤の量は、対照群 (生理食塩水のみを投与されました) と比べて著しく少ないものでした。さらに、このグループでは最初の5日間に、視覚的アナログ評価尺度で測定して (対照群と比較して) 痛みの著しい減弱が見られました。
その後の研究では、イノシトールの使用はおそらく術後アヘン鎮痛剤の効果を高めることで、これらのメリットをもたらしていると示唆されています [15]。
インスリン感受性
前述のとおりイノシトールは糖尿病患者のインスリン感受性の程度に影響を及ぼし得ます。イノシトール化合物の投与にはインスリン抵抗性を低減あるいは予防する力があることが明らかになっています。これは特に多のう胞性卵巣症候群の女性や妊娠糖尿病の妊婦で見られます。
妊娠糖尿病の妊婦への (制限食の一部としての) 1日2グラムのイノシトール投与により、空腹時血清インスリン濃度の改善と血糖値の改善が見られることが、研究において示されています [16]。これらの変化は、恒常性モデル評価指数 (インスリン抵抗性を定量化するために使用される尺度) での21%の改善 (食事のみの場合と比較して) となっています。
メタボリックシンドロームの予防
これらのインスリン抵抗性の変化と密接に結びついた別の領域として、メタボリックシンドロームがあります。とりわけこのシンドロームの生活習慣病の要素 (例えば、肥満や高脂血症) を予防するうえでのイノシトールの役割が注目されます。
そのような研究の1つでは [17]、メタボリック疾患患者にイノシトールを投与して (1日5グラムを1週間、2週目には1日10グラム)、関連を調べ、さまざまな血中脂肪パラメーター (例えば、低密度リポタンパク質、小型高密度型リポタンパク質、アポリポタンパク質) の濃度に対する効果を測定しました。
この研究では、血清プラスマロゲンの著しい上昇の他に、小型高密度型低密度リポタンパク質 (sdLDL) の22%の低下が示されました。これらの変化は血糖値の著しい低下に加えてのものです。
こうした血中脂肪濃度の変化はメタボリック疾患の状態の改善を示しています。sdLDLは新たに重視されるようになった心血管疾患の危険因子と、プラスマロゲンの不足は血管の健康にとっての有効なバイオマーカーと、考えられているからです。以上に見られるように、健康においてイノシトールが果たす役割は神経系に限定されるものではありません。
イノシトールの安全や副作用は?
マウスにおけるイノシトールの致死量は体重1kgあたり10,000ミリグラムで [18]、薬用量は動物において耐容性が良く、安全であることを示しています。
人間での研究では、1日18グラムを3か月間、または、1日2グラムを1年間、までの用量は安全で耐容性が良いことが示されています [19]。実際に副作用が発生するケースでは、通常は軽度で、胃腸系に関連しています (例えば、吐き気、鼓腸、下痢) [20]。
ただし、イノシトールの使用が警告対象になる、または、禁忌になる人口集団が存在します。例えば、注意欠陥多動性障害の小児の一部では、イノシトールが何のメリットも示さず、逆に、障害の悪化を現実に引き起こす事態が見られました [21]。
イノシトールが妊娠中に有害作用を生じさせる可能性があることも示唆されています。特に、イノシトールの二次情報伝達物質機能を介したカルシウム貯蔵からのカルシウム放出は子宮収縮を刺激する恐れがあります [22-23]。
イノシトールの摂取用量の目安
最も一般的なイノシトールの補充用量は、1日あたり0.5~2グラムです。
しかし、いくつかの疾患 (うつ病など) では1日あたり12グラムまで増量されます。
まとめ
イノシトールはその格別の生化学的機能によって、注意を留める価値のあるサプリメントと見なされます。どのようなサプリメントも医師が処方する薬に取って代わることはできませんが、一部の事例では、いくつかの化合物は治療的な代替物として有益なものになり得ます。
それ以外にも、このプソイドビタミンはインスリン感受性の改善や血中脂肪のコントロールの補助を願う健康な方々にもご活用いただけます。もちろん、ストレスや不安を和らげるためにも活用可能です。
クリス